あらためて思うこと。

2021年3月26日に父、柴田範親が逝去しました。
享年72歳でした。
母から、これから死亡確認に来るよう病院から指示があったのでほぼ間違いない、という連絡が来て現実を受け止めるよう努めました。

父との思い出が巡ったり、早く熊本に帰って父や母や妹に会いたいと思ったり、その為には(その時も仕事中だったので)職場や予約を頂いているお客様に何をどう伝えるか?などグルグルぐちゃぐちゃな心境だったように思います。

とは言え、今まで大病を色々と患ってきた父なので、今回は予想外ではありましたが今まで「父の死」に関して想像が無かった訳ではありませんでした。

最初の癌が見つかってから14年くらい経つと思いますが、はっきり言って健全な食生活や運動などを踏まえた私生活を送ってきた訳じゃないのでその時も、「何でお父さんが!!」という感情はなく、「そりゃしょうがないよな…」という感情があったのを覚えています。

ただ、何も親孝行できていなかったのでもう少し時間がほしいとは思いました。

まぁ“もう少し”で僕の人生が劇的に親孝行できるように変わる訳でもないんですけどね。。

結果的にはその時の癌は手術や治療で治って乗り越えてくれました。

その後も割と健康体になった時もあれば(少ない期間だったけど)、いろんな病気になりながらも比較的に自由度の高い時期もあったように思います。

しいて言えば、最初の癌が分かった後に、僕は結婚して子供も授かり、とにかく“家族好き”で“友達好き”でとにかく『人好き』な父に対して、「嫁と孫」ができた事が父の人生にプラスな事だったんじゃないでしょうか。

まぁつまり、僕自身が仕事で大成した訳でもないし、僕が子供を産んだ訳でもないし、関わって繋がってくれる人が生んでくれた事なので、息子として個人で何かできた訳じゃなく、何とかこれから!って時期が続いていました。

一方で、母と妹は毎日毎日の日常をはじめ、入院、通院、闘病など一緒に過ごすだけでも、お互いの時間や感情や血肉として無意識にも意識的にも刻まれていきます。

父もその時その時は自分の事で必死だったり、当たり前の日常だとどうしても母や妹に対して、慣れてしまう部分はあったと思います。

だけど、ふと振り返った時には日常生活や介護やサポートで、父が1番感謝を感じたり身に染みてる存在が母と妹なのは言うまでもありません。

感謝とかを本人に伝えるのは苦手だと思いますが、僕と2人だけで話すと少ないけど、そういう気持ちを不器用でもなく割とストレートに話してくれる事もあったので、もっとコミュニケーションをとって伝える役割ができれば…というのが心残りです。

そもそもコロナで会えなくなってからはなかなかコミュニケーションが取れなかったので、もっとコミュニケーションを取れば良かった…

この思いは次に活かします。

葬儀では来てくださった皆様に御礼の挨拶をさせていただきましたが、拙い言葉で長くて申し訳ありませんでした。

父との思い出を言葉にしたくて話そうと思ったんですが、事前に何となく思い返してる時に「絶対長くなるな」とは思ったけどそのまま喋ったという確信犯でしたので本当にすいません。(アレでもだいぶ端折ったんすよ笑)

ただ、これが最期だからどっかで父が聞いてるとしたら…ビシッと締めるよりもツラツラと色々話した方が聞きごたえあるかなぁと思って話しちゃいました。

とにかく人が好きで賑やかが好きだった父。

また一緒に飲みながら話せるのを楽しみにしています。

闘病は辛かったと思うしその前も家庭に仕事に勤め上げ、72年お疲れ様でした。

ゆっくり休んでみんなを見守ってね。

ありがとう。

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